人手不足ホワイトカラーにおいて、AIは光となるだろう:ハーネスエンジニアリングをやれ
AI要約
人間の育成は不確実性が高く成果に直結しないため、AIのハーネスエンジニアリングに投資し、再現性とスケーラビリティのある仕組みで成果を出すべきだと主張する記事。
他人をコントロールすることはできない。
- 他人を自分の思い通りにしようとすることは傲慢であり、倫理に反する
- 何より不可能である
- 他人の内面を知ることはできない
- 共感と呼ばれる行為は、大抵の場合は思い込みか自己投影であり、背景事情への理解を諦めた人間が苦し紛れに行う自己正当化のための理屈に過ぎない
社会人を始めて数年経てば、大抵の人間が行き着く結論だろう。ここまではいい。
問題は、行き先を失った期待をどこに向かわせるかだ。
自分なりに考えてみたが、「仕組み」に対して期待を寄せるのが良いのではないか、と最近は考えている。
- 仕組みは100%完全にコントロールできるわけではない。住んでいる国家は生まれる前から存在していたし、世界はr > gである
- だが、人間よりはコントロールが効く
- 仕組みを通じて、人の行動を変容させることはできる
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じゃあ教えてくれよ、この仕組みの深さを破壊する方法を
ところで話は変わるが、人間を育成し、パフォームできるようにする過程には、往々にして不確実性が伴う。
- 人間には感情がある。感情があるが故にロジックは曲がり、言語化不可能・理解も不可能・再現性のない領域が出来上がる
- 人間には関係性がある。目的の実現より関係性を優先する場合もある
- 人間には離職のリスクがある。育成したとて、離職するのなら、目的の実現には意味がない。
つまりは不確実性が大きく、投入した時間と労力は成果に直結しにくい。経験がある人も多いだろう。
僕も何回もある。データエンジニアを育てようとしたが、結局何にもならなかった。当人のキャリアの方向性と合わなかったり、適性がミスマッチだったり、僕と当人の性格が合わなかったり、理由はそれぞれだ。当人にはなんらかの影響を与えたかもしれないが、「(業務上の)成果」と呼べるものではないことは全て共通している。
一方、Claude CodeやDevinをはじめとするAIの育成はどうか。AIが暴れ回ることができるように環境を整えるエンジニアリングは「ハーネスエンジニアリング」と呼ばれ、このハーネスエンジニアリング次第でAIが実現できる成果は大きく変わる。
- AIの動作は、設計により改善することが可能である。AIが操作しやすい環境を作ることができれば、生産性は大きく向上する
- 人間の育成と比較するとどうか?
- ノウハウを言語化できれば、再利用可能な形で技術をスケールアウトできる
- スケーラビリティの観点を加えると、対比の構図はどうなるか?
- 再現性も高い
- 考えてみてほしい。人間の育成に再現性があると思うか?
- Agent Skillsは業務フローを言語化しているようなものではないか?
- 完璧な手順書を作ったとしよう。人間に与える場合と、AIが実行する場合と、どちらが良いだろうか?
何より、AIによる代替を徹底的に進めることは、既存の仕組みを破壊することにつながるのではないか?
自分なりの答えは出た気がする。AIがエンジニアを代替するか否かはどうでも良く、自分がどうするかだけが問題なのだろう。
AI使いこなしマンは土から生えてくるわけではないのが問題としては残っている